LOGIN今話でハヤトの光癒の訓練では、仮想空間で、力を使うことだけではなく、使わない判断や自分自身の状態まで含めて見極め、ハヤトがこれまでの失敗をきちんと積み重ねながら成長していきます。そしてついに、障害がありながらもミナと恋人になります。今回もおもしろいと思われましたら、ブクマ、評価、レビューいただけますと泣いて喜びます。
「やっぱり、ここからだ。ここから声が聞こえる」 口にした声が夜気へ溶けると、ルミナス市外縁部の静けさが、いっそう深くなった。 整備された歩道は数十メートル先で唐突に途切れている。その向こうに、白い複合素材で覆われた低層の建物が横たわっていた。古城のような威圧感も、崩れかけた廃墟の荒々しさもない。むしろ、つい昨日まで研究員が出入りしていたと言われても信じられそうなほど、外壁は滑らかな形を保っている。 ただし、等間隔に並ぶ細長い窓からは、ひとかけらの光も漏れていない。正面入口の脇に設置された認証盤も停止し、黒い画面へ俺たちの姿をぼんやり映すだけだった。門の支柱には半透明の立ち入り禁止表示が浮かんでいるものの、文字の一部が欠け、警告の理由までは読み取れない。 壁際では円盤型の清掃装置がひっそりと動いていた。人が来なくなっても命令された仕事だけを続けているのか、乾いた葉を集めては、細い排出口へ吸い込んでいく。その規則正しい駆動音に交じり、建物の奥から低い警告音が断続的に響いていた。『ハヤト』 また、俺を呼んだ。 風が木々を揺らす音ではない。耳元から聞こえるのでもない。声はもっと近く、胸の内側へ直接落ちてくる。 聞き覚えがある。 そう気づくたび、閉じていた記憶の扉が内側から叩かれる。けれど、その向こうにいる誰かの顔を思い浮かべようとすると、胸が拒むように痛んだ。「本当に、ここで合っているの?」 エマが携帯端末を持ち上げる。青白い画面に表示されているのは、俺たちが通ってきた外縁道路と緑地帯だけ。目の前にある巨大な建物は、地図上では灰色の空白に置き換えられていた。「施設名も住所も出てこないわ。学園が一般向けに公開している研究施設の一覧にも、該当する記録はない」「地図にないなら、ここで決まりだろ」 テオが妙に自信のある声で答え、門の隙間から敷地内をのぞき込む。「その理屈は飛躍しているわ」「こういうときは数字より勘が役に立つんだよ。俺の勘は昔から鋭い」「十分前、その勘で資材搬入口へ進もうとしたのは誰?」「あれは建物側の表示が分かりにくかった」「大きく資材専用と書かれていたでしょう」「暗かったから見えなかった」「端末の照明を使えば済むわ」「照明をつけたら、秘密の研究施設へ来た雰囲気が台なしになる」 エマが小さく息をつき、テオは肩をすくめる。
「やっぱ、お前抱いてると落ち着く」 俺の腕の中で、ミナが小さく笑った。艶のある栗色の髪が胸元をくすぐり、開いた窓から流れ込む風に細い毛先が揺れている。午後の陽射しを受けた個室は白く明るく、壁際の医療機器が刻む静かな電子音さえ、今はずっと遠くに感じられた。「それ、わたしの台詞かもしれない」「じゃあ、お互いさまだな」 ミナの頬が俺の制服に触れる。窓の外では、医療棟と本校舎を結ぶ透明な渡り廊下が陽光を反射していた。白い校舎の輪郭がまぶしさに溶け、薄い雲がゆっくりと青空を流れていく。 限られた面会時間を惜しむように、俺たちはベッドの端で肩を寄せていた。恋人になったからといって、触れるたびに緊張しなくなったわけではない。それでも、腕を回す位置や頬を寄せる距離に、以前にはなかった自然さが生まれている。 互いの温度を知っている。その事実だけで、胸の奥へ柔らかな明かりが灯るように思えた。「今日は、少しだけなら平気」 ミナが身体を離し、まっすぐ俺を見る。無理に元気そうな顔を作っている様子はない。俺は表情と呼吸を確かめてから、短くうなずいた。「無理だと思ったら、すぐ離れてくれ」「ハヤトもね」「ああ」 俺が顔を近づけると、ミナは静かに目を閉じた。 唇が重なった瞬間、胸の奥にある淡い青白い光が細い流れとなって動き出す。勢いよくあふれようとはせず、必要な分だけが静かにミナへ渡っていった。閉じた瞼の向こうで柔らかな光がにじみ、触れ合った頬に互いの温度が重なる。 窓辺のカーテンが揺れ、光の粒を含んだ風が足元を通り抜けた。医療機器の表示は穏やかな波を描き、ミナの呼吸も次第に深くなっていく。 俺は数秒で唇を離した。長く続けなくても、今は光がどこまで届いたのかを感覚でつかめる。完全に扱えているわけではない。それでも、以前のように胸の内側で力が激しく暴れることはなかった。 定時薬のおかげで俺自身の状態は落ち着いているものの、力を使ったあとの軽い疲労までは消えない。身体の芯へ薄い重さが残っている。それでもミナに触れている間だけは、自分の中の光まで静かに澄んでいくような気がした。 医学的な理由も、光の性質もわからない。ただ、腕の中にいる彼女の温度が、張り詰めていたものをほどいてくれる。今は、その感覚だけで十分に思えた。「もう一回は?」 ミナが照れたように目を細める。「
「やっぱり、ダメだよ、ハヤト。こんなの」 細い指が、俺の手首をそっと押し返した。重ねていた手の間から淡い光がほどけ、白いシーツに金色の残滓を散らしながら消えていく。 夏休みを終えた学園には生徒たちの声が戻っていたが、放課後の医療棟だけは別の時間に包まれていた。空調の低い作動音と、枕元のモニターが刻む電子音。磨かれた床に夕方の光が長く差し込み、半透明の扉には廊下を通る人影がときおり映る。 扉の向こうではエマが医療機器の数値を確認し、その先の曲がり角にはテオがいる。異変が起きればすぐに入れる距離を保ちながら、二人は俺とミナへ短い時間を譲ってくれていた。 俺が流していた光癒は、薄い糸ほどの量にすぎない。ミナの手首へ触れ、脈の速さを指先で確かめながら、必要以上に強くならないよう抑えていた。 それでもミナは、俺の変化を見逃さなかった。「顔、さっきより白くなってる。息も苦しそう」「少し集中しただけだ。心拍は落ち着いてきてる」「わたしの数字じゃなくて、ハヤトを見てるの」 返す言葉が止まった。 額には汗が滲み、光を送り始める前より呼吸が浅くなっている。視界の端も、焦点を合わせ直さなければ白い壁と床の境目が曖昧になった。 ミナは俺の手首から指を離さず、胸元へ視線を落とした。「光を受けると、確かに少し楽になるよ。でも、その分だけハヤトが弱っていくように見えるの。わたしに光が入るたび、ハヤトが自分の命を削って渡してるみたいで……怖いよ」「命を削ってるなんて、決まったわけじゃない」「決まってないから大丈夫、とは言えないでしょう?」 静かな問いが胸の奥へ入り込んだ。 光癒を使うたびに疲労が残ることも、定期薬に加えて頓服薬を必要とする日があることも事実だ。未完成の力へ明確な安全域などない。それなのに、ミナの心拍が乱れれば、自分の状態を後回しにして光を送ろうとする。 ミナは、そんな俺の性格まで知り始めていた。「わたしたち、会うことを止められているのに、これ以上会っちゃダメだよ」 身体の内側を冷たいものが駆け抜けた。「止められたのは、無断外出と長い面会だ。俺たちが付き合うことまで反対されたわけじゃない」「分かってる。でも、先生たちの目を避けて会ってることは同じだよ」 ミナの声に責める響きはない。その穏やかさが、かえって俺の焦りを大きくした。 会えなくな
「で、昨日のデートはどうだったよ?」 夏休みの朝を満たす強い日差しが、獅子寮の大きな窓から談話室へ流れ込んでいた。白い床には窓枠の影がくっきりと落ち、壁際に並ぶ観葉植物の葉を冷房の風がかすかに揺らしている。帰省した寮生も多く、普段なら幾重にも重なる話し声や足音は聞こえない。そんな静けさの中、向かいのソファに座るテオの声だけが妙に張り切って響いた。「さっきから、それしか聞いてないな」「だって、俺がデートに行けって背中を押したんだぞ。報告を聞く権利くらいあるだろ」「ない」 端末を開き、昨日途中まで読んだ資料に目を落とす。けれど、文字の列は頭へ入ってこない。同じ一行を何度追っても、その上へミナの笑顔が重なった。 夕暮れのルミナス市中央公園。白と青の高層建築を彩ったプロジェクションマッピング。噴水の水滴に反射する光。俺の隣で夜空を見上げていたミナの横顔。 そして、そっと重ねられた手の温度。「資料を読むふりをして逃げても無駄だからな」 テオがテーブルへ身を乗り出し、端末の画面を手で隠した。「順番に話せ。医療棟を出てから、どこへ行った?」「中央公園。人の少ない道を選んで歩いた。途中で休憩も取ったし、体調も何度か確認した」「それで?」「飲み物を買って、噴水のそばに座った」「それで?」「夜の投影が始まったから、一緒に見た」「そこまでは昨日の予定表にも書いてあった。俺が聞きたいのは、もっと大事な部分だ。手はつないだのか?」 俺の指が端末の縁で止まる。 答えるより早く、テオが目を輝かせた。「その顔は、つないだな!」「朝から大きな声を出さないで。帰省していない寮生もいるのよ」 談話室の奥で薬剤ケースを整理していたエマが、冷ややかな視線を向けてくる。テオは慌てて口元を押さえたものの、好奇心までは隠せていない。「で、告白の返事は?」 その一言で、胸に残る甘い余韻へ小さな穴が開いた。 公園の夜空に投影された花火。腹の底まで震わせた音。ミナの唇が確かに何かを紡いだのに、肝心の言葉だけが轟音へさらわれた。「聞けなかった」「聞こえなかった、じゃなくて?」「花火のあとに、もう一度聞く機会を逃した。医療棟へ戻る時間も迫ってたから、そのまま送っていった」 テオは信じられないものを見るように瞬きを繰り返した。やがてソファから立ち上がり、回り込んできたか
「テオ!待ってくれ!」 白い連絡通路の先で、旅行鞄を引いたテオの背中が遠ざかっていく。 俺は息が切れるほど走っているのに、足元の床だけが際限なく伸び続け、距離は少しも縮まらない。左右に並ぶ透明な教室には誰もおらず、扉の上へ赤い文字が浮かんでいた。 四寮合同中間考査、不合格。 その文字が灯るたび、校舎の照明が一列ずつ消えていく。獅子寮の紋章も、医療棟へ続く渡り廊下も、暗闇の中へ静かに沈んでいった。「待てよ! 追試だってあるだろ。勉強なら何度でも付き合うから!」 何度呼びかけても、テオは立ち止まらない。 あいつがいなくなれば、朝の食堂でパンを奪い合う声も、訓練で疲れ果てた俺を笑わせる斜め上の作戦も聞こえなくなる。三人で囲んだ談話室のテーブルから、ひとつだけ椅子が消える。 そんな光景を想像しただけで、胸の奥が冷たく縮んだ。「テオ!」 出口の直前で、ようやくテオが振り返った。 いつもの人懐っこい笑顔を浮かべている。それなのに、肩から先は出口の白い光へ溶け始め、握っている鞄まで透けていた。「短い間だったけど、世話になったな。まぁパンでも食って俺のこと思い出してくれよ」「そんな別れ方で納得できるか!」 鞄の取っ手へ手を伸ばす。あと少しで指が届くというところで、足元から床が消えた。「テオ!」 喉から飛び出した自分の声で目を覚ました。 身体が大きく跳ね、脚に絡んだシーツごとベッドの端へ滑る。視界が反転した直後、肩から床へ落ちた。鈍い衝撃が背中まで響き、サイドテーブルの端末が揺れて警告灯を点滅させる。 冷たい床へ頬をつけたまま、浅くなった呼吸を整えた。 窓の外には、朝日を反射する獅子寮の白い外壁が見える。消えていく校舎も、別れを告げるテオもいない。夢の中でつかめなかった感覚を取り戻すように指を動かし、硬い床を確かめる。 廊下を駆ける足音が近づき、扉が勢いよく開いた。「すごい音がしたけど大丈夫?」 エマが乱れた髪を片手で押さえながら、床に転がっている俺を見下ろした。その肩越しからテオが顔を出す。 夢の残像と同じ顔を見た途端、安堵で全身の力が抜けかけた。しかしテオは俺の様子を詳しく確かめるより先に、床へ膝をついて腕をつかんできた。「急いで電光掲示板に来てくれ!」「待て。今、ベッドから落ちたところだ」「受け答えできるなら大丈夫だ。立て!」
「ついに告白したんか!で、返事は?」 白い朝日が差し込む獅子寮の食堂で、テオがテーブル越しに勢いよく身を乗り出した。まだ半分ほどしか食べていないパンの皿が肘に押され、危うく卓上から滑り落ちそうになる。 俺は両耳を覆うヘッドホンに触れ、何も聞こえていないふりを続けた。窓の外では、朝の光を受けた連絡通路が銀白色に輝いている。寮生たちの話し声、食器の触れ合う音、天井を流れる空調の低い響き。そのすべてが耳へ届いていた。もちろん、目を輝かせて返事を待っているテオの声も例外ではない。「あーうるさいうるさい」 聞こえていなければ出てこない返答を、わざと平坦な調子で呟く。「おっ、親友を総無視か?」 テオは椅子ごと近づいてきた。人の恋愛話に向ける熱意の半分でも、来週の試験範囲へ使ってほしい。 向かいでは、エマが透明なポットから薬草茶を注いでいる。淡い琥珀色の液体から、柑橘と若葉を合わせたような香りが立ち上った。俺の消耗に合わせて調合したと聞いている。昨夜、現実のミナへ初めて光刃を使った反動は、眠っただけでは抜けていない。背中から腕にかけて薄い重さが残り、朝の白い光も普段より眩しく感じられた。「で、どうなんだよ。病室で抱きしめて、好きだって言ったんだろ? ミナは泣いたのか? 頷いたのか? まさか感動のあまり声も出なくなって――」 俺は諦めてヘッドホンを外し、首へ掛けた。 昨夜の光景が脳裏へ戻る。乱れていた呼吸を取り戻し、ゆっくり目を開いたミナ。俺の制服をつかんだ細い指。腕の中で聞こえたのは、「ハヤト……」という、かすかな一言だけ。 続きを望んでいる。それでも、あの一言へ勝手な意味を足し、俺に都合のいい返事へ変えてしまうことだけはしたくなかった。「ミナから直接答えを聞きたい。でも強引に聞き出したくはない」 言葉にした途端、喉の奥が狭くなる。返事を待つ時間には、期待と同じだけ怖さがある。もし断られたらと考えないわけではない。それ以上に、病床のミナへ新しい負担を背負わせることが怖かった。 ミナは今も光の病と向き合っている。講義へ出られる時間も、会話を続けられる長さも、その日の状態に左右される。そんな彼女を急かし、俺の不安を軽くするために答えを求めるなど、したくない。 テオは口を開きかけ、少しだけ表情を改めた。「そうだな。俺たちが返事を予想して騒いでも仕方ないか







